「自分の人生の主人公になる」チャレンジで変わった4人のビフォーアフター

新しい働き方FESのメインチャンネル最初のプログラムがこちらの「やってみようをやったらこうなった!チャレンジビフォーアフター」です。

新しいことに挑戦することは誰だって怖い、でも勇気を出して踏み出した新たな一歩が人生を大きく変えることだってあります。

チャレンジビフォーアフターでは、4人のゲストをお迎えし「やってみた」エピソードを伺います。ぜひ様々なエピソードから「なりたい自分」に一歩近づくヒントを見つけてみてください!

「もっと自分のことを主張していいんだ」株式会社しもズブ代表 藤井瑛里奈さん

ハマ
長濱

4人のビフォーアフターとその転換点をお聞きしていきます。まずは藤井さんの自己紹介と人生の転換点について聞かせてください。

藤井
藤井

私は静岡県下田市でWebサイトやパンフレット、ポスターのデザインをしています。フリーランスになったのは大学卒業後すぐなので、フリーランスになってちょうど2年が経ちました。

ハマ
長濱

大学でもデザインを?

藤井
藤井

大学ではスポーツトレーナーの勉強をしていました。小学校から大学2年生まではバレーボールに明け暮れる日々。良くも悪くもスポーツしか見ておらず、視野が狭くなっていました。人の目が気になるタイプでもあったので、自分がやってみたいと思ったことはできずにいました。

ハマ
長濱

そこからどうやってデザイナーへの道が拓けていったんですか?

藤井
藤井

転換点はアメリカ留学です。そこでの経験が今に繋がっています。アメリカ人やそこにいた日本人は自分の主張をちゃんとしていて、私も「もっと自分のことを主張していいんだ」と思えるようになりました。人の目を気にしないで、自分のやりたいことを堂々とやるのがかっこいいんだと。

ハマ
長濱

アメリカ留学に行くこと自体もチャレンジだったんじゃないですか?

藤井
藤井

そうですね。当時、自分では留学は無理だと思ってました。だけど、アルバイトのお客さんに「学生のうちに経験しておくことが本当に大事だよ」と言われて、それがきっかけで留学を決意しました。

ハマ
長濱

会社員ではなく、フリーランスを選んだのには理由があるんですか?

藤井
藤井

理由は2つあります。1つ目はこれまでスポーツ一筋で、他のこともやればよかったと後悔していたことです。だからやりたいことを自由にやりやすいフリーランスを選びました。2つ目は自分のやりたいことに気づくのが遅かったことです。すでに決まっていた内定先は副業禁止で、やりたいことに挑戦しにくい環境でした。カメラやデザイン系の職種で就活を再開したんですけど、新卒募集してないところばかり。それで会社員は一旦諦めて、フリーランスを選びました。

「変な人って思われてもいい」新しい働き方FES実行委員長 滝沢紘子さん

ハマ
長濱

滝沢さんも藤井さんと同じで「人の目を気にするタイプ」だったんですよね?

滝沢
滝沢

そうなんです。自信はないのにプライドが高くて、失敗するのが本当に苦手。子どものときは人前で話すと自分の顔が赤くなるのが分かるくらい恥ずかしがり屋でした。

ハマ
長濱

それが今では新しい働き方FESの実行委員長ですもんね笑

滝沢
滝沢

恥ずかしがり屋の私に変わるきっかけをくれたのは、実はその「新しい働き方FES」なんです。2019年の新しい働き方FESではボランティアとして参加してました。ハマさんたち登壇者を見て「わぁすごい人たちだな」と見ていた側です。

ハマ
長濱

そこからどういう道のりで実行委員長になったんですか?

滝沢
滝沢

ボランティアの仲間とご飯に行った様子をTwitterにアップしたら、新しい働き方LABの所長から声をかけていただき、新しい働き方LABのコミュニティマネージャーになりました。その後、新しい働き方FESの実行委員長に立候補して今に至ります。

ハマ
長濱

スピード感がすごいですね。ボランティアからわずか1年半くらいで実行委員長に。

滝沢
滝沢

自分でもびっくりしています。

ハマ
長濱

ボランティアへ応募するときはドキドキしましたか?

滝沢
滝沢

ドキドキよりもわくわくの方が大きかったから、ハードルは感じてなかったですね。自分がやってみようというタイミングと合致したと思っています。

ハマ
長濱

今回のFESのテーマ「誰だって 私だって やってみていい」ですが、滝沢さんもいろいろチャレンジしてましたよね。

滝沢
滝沢

実行委員長なので「私がやらなくてどうする」と。苦手だった縄跳びを飛んでみたり、早起きして片付けをしてみたり、一つひとつは小さなことだけど、FESをきっかけにいろいろなことに挑戦できました。今までできなかった二重跳びができるようになったのは嬉しかったですね。

ハマ
長濱

どうやって挑戦の心理的ハードルを超えてきたんですか?

滝沢
滝沢

「やってみてできなくてもいいや」「変な人って思われてもいいじゃん」って思ってて、これが軸になっています。この言葉があるだけで、例えば電車で席を譲ってほしそうな人がいたら、声をかける勇気が出てきます。

ハマ
長濱

昔から変な人でもいいやと思ってました?それとも途中で変わりましたか?

滝沢
滝沢

途中で変わりましたね。失敗しても恥ずかしい思いをするのは一瞬だと、あるとき気づきました。電車で席を断られても、その人と会うのはこの一瞬だけ。死ぬわけじゃないし。プライドが高いけど、うまく生きようとした結果、変な人でもいいやって思うことにしました。

「コミュニティが背中を押してくれた」Webデザイナー 廣沢香菜子さん

ハマ
長濱

次はWebデザイナーの廣沢さんです。Webデザイナーになる前は何をしてたんですか?

廣沢
廣沢

フラフラと遊ぶだけの生活でした笑。でも、結婚と出産を機に私とは何なのか、子どもにどんな背中を見せられるのか、本当にやりたいことは何だろうかと、自分の人生を見つめ直しました。そうすることで、それまでの自分が「みんなによく見られたい」「やりたいことを仕事にするのは無理」「今から始めたって遅い」など、そういう心理で言い訳をしていたことに気がつきました。

ハマ
長濱

そこからは何をしていったんですか?

廣沢
廣沢

自分がなりたかったものや好きだったことをノートに書き出して、下の子が幼稚園に入ったら、やりたいことをやろうと自分自身と約束しました。目指すものに役立ちそうな情報を集めたり、パソコンやイラストレーターの使い方を覚えるためにスクールに通ったり、育児のスキマ時間をなりたい自分へ投資し続けました。

ハマ
長濱

モチベーションの維持が大変だったんじゃないですか?

廣沢
廣沢

勉強している間は成果がまったく出ないので、こんなことをしても無駄なんじゃないかと弱気になったりもしましたね。そのときは自分との約束を思い出して、積み重ねを続けていきました。回り道もたくさんしたけど、それも無駄ではなかったと今では思えます。

ハマ
長濱

コツコツとインプットを続けてたんですね。

廣沢
廣沢

2020年の4月に下の子が幼稚園に入ったので、今までのインプットを少しずつアウトプットしていきました。WEBデザインを仕事にするために、新しい働き方LABのクリエイターブートキャンプに参加して、現役デザイナーから仕事の提案方法など、仕事に役立つスキルを教わりました。これがオンラインでの新しい働き方、楽しさを知った始まりでもあります。その後はどんどん積極的になって、地元の商工会の集まりからお仕事につながったり、自分のことのように応援している女性起業家の仲間もできたり。自分との約束をした日から走り続けて、今に繋がっています。

ハマ
長濱

Creative LABにも入ってくれましたよね。

廣沢
廣沢

そうですね。2020年の年末、ブートキャンプの際に入ったCreative LABで、オンライン忘年会のスタッフを募集してました。私は忘年会や打ち上げの「頑張ったね」や「お疲れ様」という雰囲気がとても大好きで、何か手伝えたらと思って応募したら「司会やってね」と言われました。

ハマ
長濱

ひどい人がいますね笑

廣沢
廣沢

あのときの青ざめた気持ちは今でも忘れられません。すごい楽しい忘年会だったんですが、ガチガチに緊張して震えて、私にとっては年末の罰ゲームみたいな会になりました。

ハマ
長濱

司会を頼んだ張本人は私です。

一同:(笑)

廣沢
廣沢

でも、このコミュニティに入ったことで、自分で作った壁を超えられて、新しい自分の発見に繋がっています。コミュニティが背中を押してくれた結果です。

「自分の人生の主人公になる」株式会社ネクストライフCMO / キャリアカウンセラー 甲斐田礼華さん

ハマ
長濱

甲斐田さんの人生の転換点はいつだったんですか?

甲斐田
甲斐田

私の転換点は海外での結婚生活です。主人に子どもがいたので、結婚を機に保育の仕事をストップして、専業主婦として海外で生活を始めました。

ハマ
長濱

そこからどうやって今のお仕事に?

甲斐田
甲斐田

それまでは、保育科を卒業したら保育士になって、結婚したら家庭に入るというテンプレートみたいな生き方でした。だけど、もっと自分らしさを大事にしたいな、自分の人生をしっかり勝ち取りたいなと思うようになったので、LancersでWebライターを始めて、今はベンチャー企業のCMOをしています。「自分の人生の主人公になる」という意識を持ったことが何よりのきっかけですね。

廣沢
廣沢

自分の人生の舵を取りたいと思った瞬間はいつですか?

甲斐田
甲斐田

社会がよしとするものと自分の「こうありたい」のズレに苦しんだときですね。子どもにとっては新しい生活で、私がしっかりしなきゃっていうプレッシャーもあったので、ネットで良い母親について調べてました。けど、それが自分のなりたい姿と違っていたので、勇気を出してテンプレートを打ち破っていきました。

藤井
藤井

生活や環境を変えることに対して、不安や恐怖はなかったんですか?

甲斐田
甲斐田

今思えばあったと思うんですけど、なんとかなるって思ってました。根っからの楽観的なところや向こう見ずなところが功を成しましたね。自分から壁を作らないで「どうせ私には無理」は一旦無しにして、いろんなものに挑戦していきました。「自分で選んだことだから、辛抱してもうちょっとだけ頑張ってみよう」の積み重ねで今の自分がいます。

ハマ
長濱

現在活躍している「アフター」をお持ちの方たちにも、挑戦してきた「ビフォー」があったんですね。藤井さん、滝沢さん、廣沢さん、甲斐田さん、本日はどうもありがとうございました。

編集後記

人の目が気になる、やりたいことが分からない、他人の人生を生きたくない。どの想いも私が感じたことのあるものでした。今の自分は「アフター」の姿なんだと思います。

「アフター」は次の「ビフォー」のはじまりです。

成長するために次の「アフター」へのチャレンジをせねばと、私自身も鼓舞されました。

《ライター:永富 士遠(ナガトミ シオン)》

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